勘違い系○○

 








勘違い








なんてぴったりの言葉があるんだろう



まさに今の状態の私のことだ




私は今、人生初ともいえる注目を一身に集めていた



クラスメイト達の噂するひそひそ声が痛い




なんで…こんなことに…




私は視線から身を守りたくて机に突っ伏した




なぜこんな状態に陥っているかと言うと、今日の日付からお察しいただけるだろう



2月14日



私は一人で舞い上がって、地面に墜落した
いやめり込んだと言ってもいい


数時間前の私に言ってやりたい

『やめておけ』と


もしお付き合いいただけるなら私、沼田紗英の今日の出来事を聞いてほしい

私の淡い恋心の話を



事の顛末を説明するためには時間を少し遡る



***



2月14日 8時15分



私は昨日の夜、母と喧嘩しながら作ったチョコケーキを片手に登校した。

渡す相手の顔を思い浮かべて、期待と緊張で心の中はいっぱいだった。

その渡す相手というのが…


「紗英!!」


私が声に反応して振り返ると、そこには爽やかな笑顔の意中の男子がいた。

大きなスポーツバッグを肩から下げた、背の高い野球部男子こと吉田竜聖君だ。

吉田君は私の前まで来ると「はよっ!」と声をかけてくれた。


私は急激に紅潮する頬を気にしながらも「おはよう」と返した。


だめだ!まっすぐ目が見れない!!


体に電流が走ったように上手く呼吸もできない。

何か言葉を返そうとも思うのに口の中が渇いて声が出ない。


ふと視線が気になって顔を向けると、吉田君が何か言おうと口を開きかけた。


「りゅー!!」


横からの乱入者ことクラスメイトの板倉梓さんだ。
彼女はクラスの中でも一際目立つグループに属していて、長いストレートの髪に丈の短いスカート。
規則通りの膝丈スカートにショートカットの私とは正反対のお人形さんみたいな女の子だ。

そして羨ましいことに吉田君の幼馴染。


「もう!!顧問が呼んでるよ!」


もう一個あった彼女は野球部のマネージャーだ。


「あ…そっか。えっと…」


吉田君は私の方を気にして返答に困っているのが分かった。

それがわかった私は精一杯の笑顔で頷いた。


「じゃあ、ごめんな。」


私の態度に安心してくれたのか、グラウンドに向かって走って行ってしまった。

そのあとを板倉さんが私に一瞬不敵な笑みを向けてから走ってついて行った。
そのことは気にしないことにする。

って言っても気になるんだけど…

自然に出そうになるため息を抑えて、私は教室へと向かった。







私が吉田君を好きになったきっかけは、同じクラスだった一年の時に隣の席になったのが始まりだったように思う。

それまではたくさんの人に囲まれた人気者ぐらいの認識でしかなかった。

もちろん話したこともなかった。


初めて会話したときのことは今でも昨日のことのように思い出せる。


「沼田さんて西小出身だっけ?」


隣の席になった休み時間急に話しかけられた。
男子とあまり話す機会のなかった私は、すごく面食らったのを覚えてる。


「う…うん。そうだけど?」


「西小にさ、俺と同じ苗字の武司ってやついなかった?」


関わりのない小学時代の男子の名前を出されて首を傾げた。


「吉田武司君?」


思い出そうと必死に頭をフル回転させた。


「わ!!俺の名前知っててくれたんだ!」


武司君とやらを思い出そうと頭をひねっていた私は彼の言葉の意味がわからなかった。

ん?名前…知ってるけど、クラスメイトだしあたりまえだよね
どういう意味?武司君の話じゃないの?

吉田君は私の困惑顔をニコニコ笑顔で見ながら言った。


「沼田さんて真面目そうだから、クラスメイトの名前覚えてそうだったんだよなぁ〜
そしたらビンゴ!席が端っこだった俺の名前まで知ってるなんてな!」

「へ?いや名前は知ってるけど…武司君の話じゃないの?」


私の返答の何が面白かったのか、吉田君は噴き出して笑い出した。


「あははっ!!やっぱり沼田さんって面白いや!」


何が面白いんだ!
私は少しムッしたが、彼の楽しそうな顔を見ると自然と笑顔になった。


未だになんで吉田君が笑ったのかはわからないけど
それがきっかけで少しずつ話をするようになった。


そして知らないうちに「紗英」と名前で呼ばれるようになり、吉田君を意識するようになった。
他の女子にはしない名前呼びなんてされてしまったら、気になるのも当然だ。


でも今思えばこれが勘違いの始まりだったのかもしれない…







教室に着いた私は先に着いていた友達に声をかけた。


「おはよー」


小学校時代からの親友である安藤麻友と芹沢夏凛だ。
二人とも私と同じ規則通りの丈の長めスカートに、麻友はポニーテール、夏凛は生まれつきの茶髪を肩まで伸ばしている。


「おはよ!」


「昨日のアニメ見た?」


「見た見た!やっぱり小野さんの声最高!!」


そう会話からわかるように、私たちはオタクというやつだ。
中でも声優さんが好きでアニメは欠かさず見ている。
もちろんマンガやゲームも好きだが…


私の持ってきた紙袋が気になったのか、麻友が言った。


「やっぱり作ってきたんだ。」


私が昨日吉田君に渡す!と宣言したときから、麻友は不機嫌だった。
夏凛は興味ないという様子で、マンガを取り出して読み始めた。


「だって…クラス離れてから話す機会減っちゃって…」

「昨日も言ったよね!やめときなって!!
あっちは学年一と言っても良い人気者!こっちは地味なオタク!!釣り合うわけないじゃん!」


麻友の正直な見解が胸に突き刺さった。
私だってそんなこと重々承知の上だ。


「でも、今も声かけてくれるし、まったく興味ないわけじゃ…」


「遊ばれてるのよ!紗英の反応見て遊んでるの!!
わからないかなぁ〜…」


麻友はため息をついた。
言い返す言葉もなかった。


私だってそう思ったこともあって、一時期は吉田君を避けていた。
でもこの気持ちはなくならないんだ。


姿が見られれば嬉しいし、話ができれば緊張はするけどずっとこの時間が続けばいいのにと思う。
紗英と呼ばれた日には空だって飛べそうな気持ちになる。
夜、寝るときだって思い出すのは吉田君の顔ばかりだ。
ずっと心に抱えたままでいるのは、正直苦しい。


顔を上げると、恐い顔の麻友が見えた。
私は立ち向かう気持ちで口を開いた。


「気持ちは伝えられないかもしれないけど、頑張って作ったこのチョコだけは渡すよ。
もし失敗したときは慰めてほしいな。ダメかな?」


私の言葉に今まで黙ってマンガを読んでいた夏凛が顔を上げた。


「うん。慰めるよ。安心して渡しておいで。」


「夏凛…」


私は夏凛を見つめて、目頭が熱くなってきた。
麻友は大きくため息をつくと、何度か頷いた。


「わかった。きっぱり言われれば諦めもつくでしょう。
……がんばれ。」


麻友の仕方ないなぁという笑顔に私は大きくうなずいた。


「ありがとう。二人とも。」






***






そして勝負の昼休み。


私は紙袋を片手に隣の教室の前で立ち尽くしていた。



どうしよう…いざとなったら緊張してきた。
肩に力が入って手は震えてくるし、背中は汗ばんでいる。



バレンタインデーだけあって、周りの女子も男子もそわそわしていて
廊下はチョコを渡そうとする女子がたくさんいた。

喜んでいる顔、顔、顔。

私もああなれたらいいな…

一息つくと私は隣の教室の扉を開けた。


中をのぞき込むと、吉田君の姿が見えなくて教室内を見渡した。
すると一際女子に囲まれている集団の中に吉田君の姿が見えた。


そっか…吉田君人気者だもんね…


少し心が折れかけたところに後ろから声をかけられた。


「沼田さん!」


振り返るとそこには一年の時に同じクラスで仲の良かった木口菜穂さんが立っていた。
木口さんは陸上部で足がスラッとしていてモデルのような女の子だ。


「もしかして…チョコレート?」


言い当てられて顔の温度が一気に上昇した。


「図星?あははっ、かわいーね。
 誰?渡してあげよっか?」


彼女の申し出に私は囲まれている吉田君を見てどうしようかと考えていると

紙袋をぱっと木口さんにとられてしまった。


「あ!」


「吉田でしょ?任せて!!」


え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!


私の紙袋を持って彼女は颯爽と教室へと入って行ってしまった。

私の心の叫びは尋常じゃなかった。
自分のクラスじゃないというこの境界線が、彼女を追いかけてチョコを取り戻す選択をさせてくれなかった。
入り口で足が張り付いて動かない。


どうしよう…どうしよう…どうしよう!!


考えているうちに木口さんが女子のバリケードを越えて、吉田君にチョコを渡してしまった。
私を指さしているのが見える。

私はそのとき吉田君とばっちり目が合ってしまった。

そして周りの女子たちの目も一斉にこっちを向いた。


いやだ!!


私は逃げ出すように自分の教室に戻った。

自分の席に慌てて座ると下を向いてギュッと拳を握りしめた。


そこへ追い打ちをかけるかのように吉田君の取り巻き男子たちがやってきて私の周りに立った。


そっと顔をあげると、いかつい野球部男子が私を見下ろしていた。


「沼田さんでもチョコあげるんだな〜俺びっくりしたぜ。なぁ!」


一人の言葉に周りの男子が同調して笑い出す。
私は直視することができなくて、思わず下を向いた。
涙が出そうになるのをぐっとこらえた。

ここで泣いたら負けだ。

私は直感でそう思った。
何も言わないでいれば飽きて帰ってくれる。

クラスの笑い声や視線が容赦なく私に突き刺さった。

早く、早く帰って!!


私の願いが届いたのか、チャイムが鳴った。




チャイムと同時に入ってきた国語教師の声に弾かれるように
私を取り囲んでいた男子たちはそれぞれのクラスへ帰って行った。



私はほっとしたのと同時に後悔ばかりが浮かんでは消えた。

なんで自分で渡さなかったのか

あんな風に冷やかされるために作ったチョコじゃないのに

吉田君の喜ぶ顔が見たかった

なんで…なんで…


私は5時間目の内容がまったく頭に入らなかった。









次の休み時間は麻友や夏凛が私の周りを囲んで冷やかされないように気をつかってくれた。

二人は事の経緯を聞いて、怒り沸騰していた。
木口さんに言いに行くとまで言ったので必死に止めた。

自分で渡すといわなかった私が悪いのだ。

クラスの男子だけじゃなく、女子たちにもひそひそ声で噂をされたが
二人がいてくれたから意外と平気だった。



でも、やっぱり吉田君がどう思ったかだけ聞きたかった。



そして放課後、私は部活に向かうであろう吉田君を廊下で待ち伏せするべく鞄を片手に窓にもたれかかりながら待った。


高鳴る心臓、紅潮する頬、背中には汗。


そのときはきた。


同じ部活仲間と出てきた吉田君を見つけると、私はまっすぐに彼を見つめた。

吉田君は私に気づくとサッと視線をそらした。


私はそれがなによりショックだった。


今まで恥ずかしくて私から目をそらす事はあっても、吉田君がそらす事はなかった。
それぐらい彼はこんな私に対してもまっすぐだったのに。

何か言おうと開いた口が止まる。

吉田君は周りに冷やかされながら私の横を通り過ぎて行った。



私はそのとき気づいた。



もう前の関係には戻れないんだと。

楽しく会話したり、あの爽やかな笑顔向けられたりすることはもうないんだ。

『紗英』と呼ばれることもないんだ。


私と吉田君をつないでいた糸は私が自分で切ってしまった。


そう、彼にとって私は簡単に切れる存在だったんだ。

私が勝手に勘違いして、彼も私を特別に思ってくれてるなんて…

勘違いも甚だしい。

それがとても悲しかった。






そうこの恋は勘違いから始まった恋だったんだ。










『勘違い系○○〜勘違い系片思い〜』




沼田 紗英