勘違い系○○

 








あれは中学一年の夏休みだった。


野球部の練習で学校に来ていた俺の目に吹奏楽部らしい生徒の姿が目に入った。


運動系の部活動でもないのに体育館で楽器を持って何やら動き回っている。

中には重たそうな楽器を持っている人もいる。


何をやっているんだろうと興味本位に体育館の中を覗き込んだ。



すると一学期に隣の席になった沼田紗英さんの姿があった。

沼田さんはおとなしそうで真面目な印象の女の子だ。
どんな子なんだろうと隣の席になったときに話しかけてからはちょくちょく話をする仲だ。

俺とは全然違うタイプだから話も合わないんじゃないかと最初こそ緊張したものの、
イメージと全然違って彼女の受け答えには毎回笑わされる。


なんか抜けてんだよなぁ〜


彼女の戸惑う姿を思い出してにやける。


そんな彼女が今は金色に光る楽器を手に真剣な目で顧問の先生の話を聞いている。

教室で見る彼女の雰囲気とは違う、ぴりっとした緊張感のある空気。
ここで見ていても伝わってくる。

また吹奏楽部部員がバラバラに散らばって自分の位置に戻ったところで後ろから声をかけられた。


「なーに見てんだ?」


「うわっ!びっくりした〜…先輩急に現れないでくださいよ。」


野球部の先輩である十勝圭吾先輩だ。
二年生の先輩は俺よりも体がでかくて羨ましい。
その先輩も俺の横に立って体育館を覗き込んだ。


「なんだ。吹奏楽部の練習じゃないか。毎年大変そうだな〜。」

「先輩。あれ何やっているか知ってるんですか?」

「あぁ。あれな。マーチングっていうんだと。毎年体育祭に吹奏楽部が発表してるんだ。
楽器吹くってだけでも大変なのに、あぁやってフォーメーションを変えながら演奏するんだから運動部並みの体力いるだろうなぁ〜。」

「へぇ〜」


俺はそんなにしんどい事をおとなしそうな彼女がやっていることに驚いた。
はっきり言って体力がありそうには見えない。


すると吹奏楽部の顧問の先生が「曲行くぞー!」と声を張り上げカウントをとった。

吹奏楽部の面々が息を吸い込むのが見えた瞬間。

大音量の音楽が鳴り出した。


俺は鳥肌が立つのを感じた。
試合でも感じたことのない、グッと心を鷲掴みにされた音の波
それが彼女から鳴り出していると思うと目が離せなかった。


「すげ〜…」


思わず声に出た。

横で先輩が笑うのが聞こえたが、俺は構わず演奏に聞き入った。
曲のリズムに合わせてどんどんと部員の人たちの位置が変わっていく。

最後に円のようになったと思ったら、先生が手を打ち鳴らして演奏が終わった。
「10分休憩」の声が聞こえて、吹奏楽部員の人たちがそえぞれの荷物の所に散らばっていく。

俺の目は沼田さんにくぎ付けだった。
彼女は肩で大きく息をしながら、楽器を下すと汗をぬぐっていた。
顔には少し疲労が見えたが、部員の人たちと話す彼女は笑顔で楽しそうだった。


意外だなぁ〜…


彼女がこんなに部活動に一生懸命なのも、クラスメイト以外とあんなに楽しそうに話す姿も初めて見た。



俺はその後先輩に引っ張られて、部活に戻ったのだが
この出来事をきっかけに彼女は俺の気になる人になったんだ。









夏休み明けの体育祭。

吹奏楽部のマーチング演奏は素晴らしかった。

だが演奏以外にも気になったのが、吹奏楽部のコスチュームだ。
練習していたときは体操服だったので、本番もてっきりそうだと思っていたのだが
登場した姿はテニス部に負けない短いスコートに、ベレー帽にブルーの半袖シャツ。


はっきりいう


すごく可愛かった。


特にいつも規則通りの長めスカートの沼田さんが、あんなに短い丈のスコートなんて目のやり場に困る。

俺だって男なんだ気になるのは当然だ。


演奏後の彼女の笑顔は忘れられない。

俺も頑張った後のあの爽快感が一番好きだ。


そんな彼女に注目し始めたのは俺だけじゃなかった。


部活の休憩中、俺によくくっついてくる仲間の一人である本郷翔平が言った。


「俺らと同じクラスの沼田さんているじゃん?吹奏楽部の。」


「…あ、あぁ。」


「この間の体育祭のマーチングだっけ?なんか意外だったよなぁ〜。」


俺と同じことを思った奴がいたことにドキッとした。


「足長くてきれいだし、よく見たら可愛いよな?」

「は!?何言って!!」


翔平の言い方に腹が立って思わず立ち上がって声を荒げた。

翔平は驚いた顔で俺を見つめた。

そこへよく俺とドラゴンズとひとくくりにされる山本竜也がやってきて言った。


「まぁまぁ、でも確かに俺も可愛いと思ったよ。足の感想はともかく。」


「…っちょ!竜也!!」


俺は沼田さんがこういう話題に上がることがすごく嫌だった。

仲間の見方にもイライラする。


「竜聖なんだか妙につっかかってくんなぁ〜。何?沼田さんの事好きなの?」


竜也の質問に俺は血が逆流するのを感じた。
翔平も興味津々を目を輝かせている。


「なっ…に言ってんだよ!友達に決まってんだろ!!
その友達に対して、卑猥な見方するから腹立ったんだろーが!!」


「卑猥って!!そんなこと考えてるお前の方がやらしーじゃん!」


爆笑しながら翔平が言った。
墓穴を掘ったと俺は変な汗が出てきた。

別に俺はやらしーことなんて考えてたわけじゃない。

ただ俺と同じように他の奴も思ってたってことが、許せなかったのだ。


「うるせーよ!休憩終わりだろ!部活だ!部活!!」


一方的に会話を終わらせてグラウンドに走った。
後ろから二人の冷やかしが聞こえたが無視した。





その日から俺は彼女に対して変に意識しだした。

今までは気軽に話かけていたのに
意識しだすと上手くいかない。

授業中も隣の席の彼女の動作が気になって、集中できない。

気が付くと目で追っていたり、チラチラ横目で見る毎日だ。


どうしたんだ俺!!


気になるのに会話できていない現状にイライラしていたとき
彼女がクラスの男子こと、翔平と話している姿を目撃した。

するとあのときの会話がよみがえった。



『足長くてきれいだし、よく見たら可愛いよな?』



「……っ!!紗英っ!!」



思わず彼女の名前を大声で呼んでいた。

はっと気づいたときには驚いた顔でこっちを見る沼田さんの顔があった。


やばい!!


何、女の子の名前呼んでんだ!バカか!!俺は!


耳まで真っ赤になって咄嗟にうつむいた。



「ど……。…吉田君?」



沼田さんの心配そうな声に反応して顔を上げると
翔平の驚いた顔が目に入った。


「そ…その…消しゴム!貸してくれないかな?忘れちゃってさ!!」


作り笑顔を浮かべて嘘をついた。

その嘘に安心したように、沼田さんは笑顔で筆箱から消しゴムを出して貸してくれた。


「はい。」


「あ…ありがとう。」


俺は受け取るとまっすぐ彼女を見れなかった。
名前で呼んでしまったこと、どう思ってるのかそれが気になって仕方なかった。


「名前で呼ばれるのなんて初めてでびっくりしちゃった。私きっと変な顔してたよね〜」


彼女は恥ずかしそうに優しく笑った。


あれ…変な風に思われてない…?

逆に…もしかして喜んでる?


彼女の赤い頬に目を落として、ほっとした。


「良い名前だよね紗英って。呼びやすいし、これからも呼ぶかも。」


いつものように冗談で返すことができた。


「本当?私そのたびに変な顔しないようにしないと。」


真面目に返してくれる彼女を見て、俺は自分がいつものように話せている事に気が付いた。
意識し出す前に戻れたようで嬉しかった。

そして、あまりも嬉しくて翔平に気を留めなかった俺は、
まさかあんなことになるなんてこのときは全く予測できなかった。


そう俺と紗英の関係を変えてしまった出来事の事だ。





***




中学二年になっても俺と紗英の関係は変わらなかった。

会えば話しかけるし、紗英もそれに答えてくれる。
クラスは離れてしまったので一年の頃ほどではないが、良い友達関係と言っていいと思う。


ただこの日だけはさすがに俺も浮き足立っていたように思う。


2月14日バレンタインデー


紗英からもらえるんじゃないかとか、友達のくせにおこがましいんだけど期待していた。

朝練の後、紗英を見つけて思わず声をかけた。


「紗英!」 


振り向いた彼女の手には紙袋が見える。
俺ははやる気持ちを抑えて、駆け寄った。


「はよっ!」


「お…おはよう。」


紗英も緊張しているのか、俺と目を合わさなかった。
赤い頬が俺を期待させるには十分だった。


チョコレートくれるのかな…

それとも誰かにあげるんだろうか


紗英がなかなか切り出してくれないので尋ねようと口を開いたとき
横からの乱入者に邪魔された。


「りゅー!!」


俺の幼馴染の板倉梓だった。


「もう!!顧問が呼んでるよ!」


なんでこのタイミングでと内心腹立たしかった。
俺は紗英を見て、なんとか板倉を引き離せないか考えた。


「あ…そっか。えっと…」


考えている俺を見てか、紗英は行ってと言いたげな表情で頷いた。
そんな顔をされたら、ここに留まる理由がなくなってしまった。


「じゃあ、ごめんな。」


俺は後ろ髪ひかれるような気持ちを抱えて
自分に言い聞かせた。


まだ今日は始まったばかりだから、また話すチャンスはある…と


この考えが甘かったのは後で思い知るわけだけど


一時間目、二時間目と終わるにつれて俺はだんだん焦ってきた。


無駄に隣の教室の前を通りかかっては声をかけられるのを待ってみたが
紗英からは声がかからなかった。


そして昼休み、


俺は大勢の女子に囲まれてうんざりしていた。
周りの女子には悪いが、彼女たちからチョコをもらってもあまり嬉しくなかった。

早く紗英と話がしたい。

頭の中がそれでいっぱいだったからかもしれない。


トイレに行くと嘘をついて抜け出そうとしていたとき
あらぬ所から期待していたものが飛び込んできた。


「吉田君。」


女子の壁をよけて木口菜穂が俺に紙袋を渡してきた。
見たことのある袋に俺はドッと跳ね上がった鼓動を抑えて木口の言葉を待った。


「沼田さんから。入り口でもたもたしてたから、私が持ってきたの。」


やっぱり!!


教室の入り口を指さしていう木口の言葉に反応して、入り口に目をやると確かに紗英がこっちを見ていた。


やばい…思った以上に嬉しい。


お礼を言おうと腰を上げると、紗英が走って立ち去ってしまった。
そして思わぬところから声がかかる。


「ひゅー!!竜聖、本命かー!ちゃんとお礼しなきゃだぜ!」


声の方を見ると翔平が俺をにやにや見ながら、からかっているのが分かった。


「竜聖、沼田さんの事可愛いって言ってたし、両想いじゃねーか!良かったなぁ!!」


この言葉に反応して周りの女子たちが俺に詰め寄ってきた。
口ぐちに「沼田さんの事好きなの!?」とか「えー!!沼田さん!?」と彼女を批判する声が聞こえる。

俺は気が動転して、好きってなんだと自問自答していた。

チョコを期待してたのだって、好きだからだったのか?

ずっと友達として接してきたつもりだっただけに
周りの反応と俺の気持ちの違いにわけがわからなかった。


「竜聖!はっきり言えよ!!お前沼田さんの事好きなのかよ?」


翔平の言葉に顔を上げると、クラス中から注目されてるのが分かった。
その視線を感じて、急に体温がグッと上昇した。
そして極度の緊張からか思ってもない事を口走った。


「べ…別に、好きとかそういうんじゃねーよ!」


「はははっ!!沼田さんかわいそー!こんな大勢の目の前でいうかよー!!」


翔平の言葉に俺はやってしまった!と後悔した。
周りは「なんだー!」とか「驚いたー」とざわざわと口々に言っていた。

俺はグッと拳を握りしめて、翔平を見つめると
翔平は俺を蔑んだように見て教室を何人かと出ていった。



きっと紗英に誤解された!

でも…どうやって誤解をとく…

皆の前で公言してしまって、俺が近づくと紗英の立場が悪くなるんじゃないか…



色々考えすぎて頭がおかしくなりそうだった。


チョコレートもらえて嬉しかったんだ

嬉しいのに…


紗英からのチョコレート見つめて、俺はうつむいた。



放課後、


俺の部活に向かう足取りは重かった。

何度もため息をついて、ない頭でいろいろ考えた

どうすれば誤解をとけるのか…結論は出なかった。


教室を出たところで紗英と出会った。

紗英はまっすぐ俺を見つめている。

心臓が跳ね上がって、視線を逸らした。


紗英が見れない

どうしたら…


周りの冷やかしを無視して紗英の横を通り過ぎた。

彼女の視線が気になったが、俺にはどうすれば良いのかわからなかった。


部室で準備していると翔平が横から声をかけてきた。


「俺は竜聖の気持ち聞けて安心したよ。」


翔平の言っている意味がわからずに、次の言葉を待った。


「俺さ沼田さんの事好きなんだよ。」


は!?

俺は頭に血が上った。


「ずっとお前と沼田さんの関係羨ましかったけど、こんな風になっちまったら前みたいには戻れないもんな。
だからこれからは俺ががんばらせてもらうよ。」


翔平は照れ臭そうに言うと「じゃあな」と言い残して部室を出て行ってしまった。

ムカムカする気持ちとイライラする頭で
今までの翔平の姿を思い出した。

確かに俺にくっついてはよく紗英の事を見てた気がする。


なんで今!

あいつ!!なんで今言うんだよ!!


イライラが絶頂に達し、そばにあった椅子を蹴り飛ばした。

かなり大きな音が鳴り響き、驚いたのかマネでもある板倉が入ってきた。


「わっ!りゅー何してんの!?」


板倉の素っ頓狂な声に答える気にならなかった俺は
蹴とばした椅子をもとに戻した。


「そういえば今日は大変だったねーりゅー!聞いたよ!!
沼田さんとのこと。」


俺は紗英の名前にびくっと肩を震わせた。
板倉はそんな俺にお構いなしに続けてくる。


「向こうもりゅーに気がないってわかってスッキリしてるんじゃない?りゅーも誤解されなくて良かったじゃん。」


「は?お前、何言ってんの。」


さすがにこの言葉には黙ってられなかった。


紗英は渡してくれただけだろ。告白された訳でもねーのに、周りの人間が好き勝手騒いでんじゃねぇよ。」


板倉の表情が固まるのが分かったが構わなかった。
俺はイライラを隠さずに部室を飛び出した。


外に出ると吹奏楽部の練習する音が風に乗って聞こえてきた。


ここで初めて気がついた。



俺は紗英の事が好きなんだと



翔平が紗英の事を好きだと言ったことに腹が立ったり

俺だけを見てほしくて『紗英』と呼び始めたのだって


「全部好きだったからだ…」


声に出してみるとストンと心が落ち着くのがわかった。

鼻がつんとしたと思ったら、自然に目から涙があふれた。


「うぅ……あっ…!……っ!!」


俺はその場にへたり込んで顔を隠した。


俺はとんでもないバカだ

自分の気持ちに気づくのにこんなに時間がかかるなんて

泣いたってもう遅い

紗英を傷つけてしまった

もう目を合わせてもくれないだろう






紗英


俺の大好きな女の子





俺の初恋は始まる前に終わってしまった








『勘違い系○○〜勘違い系初恋〜』




吉田竜聖