勘違い系○○

 



最初は興味本位で見てただけだった。



野球バカのあいつが楽しそうに話すあの子は誰だろうかと



そして、その子の事が分かったのは一年の体育祭だった。

大きな楽器を持ってマーチングという演奏をする吹奏楽部。
彼女はそのメンバーの一人だった。

教室で見る彼女と違い驚いた。

マーチングのコスチュームにも驚いたが、

演奏後の笑顔

あれにやられた


俺の心がグイッと持っていかれた。



その日以来、俺はあの野球バカにくっついて彼女への接触を開始した。



あいつと一緒に彼女と話していると、彼女は少しずれていることが分かった。

例がこれだ。


「ジョージ先生ってなんでカツラかぶってるんだろうね〜」


そりゃ、はげてるの隠したいからに決まってんじゃん!!


皆にばれてるのになぁ〜という彼女を見て、俺は心の中でつっこみを入れた。
横で野球バカが爆笑して「やっぱおもしれー」とつぶやいている。

激しく同感だが、そんなところもツボだった。
真面目そうな見た目とのギャップが最高だ。



ある日

彼女とはいつもはあの野球バカと一緒に話をする俺だが、
その日は二人で話すチャンスがあり勇気を出して声をかけた。


「沼田さんってさ、勉強すきなの?」


教科書を開いて予習をしていた彼女は少し考えると


「好きっていうか…入りたい高校があるんだよね」


中学一年で入りたい高校を考えている彼女に驚いた。


「えっ!?もう決めてるんだ。そんなに難しいところ?」

「うん。私音楽の道に進みたくて、県内じゃその高校しか音楽科がないんだ〜。」


音楽の道と聞いて納得した。
吹奏楽部で演奏をする彼女を知ってるだけに、頑張ってほしいと思った。


「ちなみになんていう高校?」


「西城高校って知ってる?」


西城高校っていったら県内でも五本指に入る難関校だ。
音楽だけじゃなくてスポーツや芸術関係にも力を入れてる。
野球部の俺が憧れる甲子園にも出場したことがある高校だった。

彼女がそこを受けると聞いた瞬間、俺は自然に未来への扉を開けた気になった。


西城高校…


俺は中学時代の目標をこのとき決めたといっても過言じゃない。


「沼田さん!俺も西城高校、憧れてるんだ。甲子園に出場したこともある高校だから…その…」


その続きが言葉になって出てこない

俺も行きたいと言ってもまず現状、無理なのはわかっていた。
だからためらったのだ。

彼女はそんな俺の気持ちを見透かしたように言った。


「まだ一年だよ。大丈夫。」


彼女の言葉に俺は心が軽くなるのを感じた。
はにかむように笑う彼女を見て、俺も自然と笑みがこぼれた。



「……っ!!紗英っ!!」



彼女が驚いた表情で声の方に振り向いた。
俺もそっちを見るとクラスの入り口にあのバカが赤ら顔で立っていた。


紗英……?


沼田さんの名前だというのは知っていた。
ただあいつがそう呼ぶのを初めて聞いた。

それは彼女も同じだったようであいつを見つめて固まっていた。


「ど……。…吉田君?」


彼女が気遣って声をかけると、あのバカはまっすぐこっちに向かってきて言った。


「そ…その…消しゴム!貸してくれないかな?忘れちゃってさ!!」


バカバカしい言い訳だと思った。


「はい。」


「あ…ありがとう。」


手渡された消しゴムを握りしめて、黙っているあいつは俺の知っている竜聖ではなかった。
こんなに緊張している姿は見たことがない。


「名前で呼ばれるのなんて初めてでびっくりしちゃった。私きっと変な顔してたよね〜」


紅潮した頬の沼田さんとあきらかにほっとしている竜聖を見て、俺は急に不安がこみ上げた。


「良い名前だよね紗英って。呼びやすいし、これからも呼ぶかも。」

「本当?私そのたびに変な顔しないようにしないと」


このときに気づいた。

竜聖は沼田さんの事が好きだと…そして沼田さんも…

いたたまれなくなった俺はその場を立ち去った。
胸にずしっと残る錘を抱えて…



その後は両想いであろう二人を見るのが辛かったが
竜聖の奴は自分の気持ちに気づいてないようだった。

ずっと一緒にいればそれぐらいは分かる。

傍から見てるとあきらかに嫉妬からくる行動や、独占したいがための言動の数々なのだが
本人は『友達』だと言い張る始末。

俺は二年になりクラスが違うため、彼女との接点がなくなってしまいイライラしているのに
奴は彼女の気持ちにも自分の気持ちにも気づかないただのバカだ。

そんな奴が心底羨ましくて、腹立たしかった。



ある日


隣の教室の前を通りかかったとき
小さな声だったが「吉田君にチョコを渡す!」と聞こえてきて反射的に隣の教室を覗いた。

教室内を見渡すと廊下側の席に集まってたのは、沼田さんと仲の良い友達だった。
俺は早鐘を打つ心臓の音を聞いて考えた。


さすがの竜聖もチョコをもらったら自分の気持ちを自覚するだろう。
それだけは避けなければ

どうすれば阻止できるのか
そればかり考えていた。


そうこの日俺は、沼田さんを傷つけるとわかって阻止する道を選んだのだった。




次の日、俺は沼田さんを監視することにした。

朝練の後、二人きりのあいつを見たときは肝が冷えた。
マネの板倉に呼びに行かせる事で事なきを得たが本番はこれからだと気を引き締めた。

そして俺は休み時間の度に廊下に出ては、隣のクラスを見つめていた。
たびたび竜聖の姿を見た気がするが、あいつの事は気に留めないことにした。
なんたってあいつは朝からチョコラッシュだったからだ。
気に食わないことこの上ない。


昼休み


廊下でパンをかじっていた俺は沼田さんの姿を見つけた。
竜聖のクラスを覗き込んでいる。

このとき竜聖は女子に囲まれていた。

その姿を見たのか、少し悲しそうな顔をしたのを見逃さなかった。


俺だったらあんな顔させねーのに…


そこへ一人の女生徒が近づいてきて少し会話した後、彼女からチョコを奪って教室に入って行ってしまった。
俺は慌てて教室の中へ入って様子を伺った。


女生徒からチョコを受け取ったあいつは明らかに喜んでいるのが分かった。


そして俺の出番だと悟った。


「ひゅー!!竜聖、本命かー!ちゃんとお礼しなきゃだぜ!」


周りにいた野球部仲間と一緒に奴を冷やかした。
奴はこういうのに弱いのは知っていた。


「竜聖、沼田さんの事可愛いって言ってたし、両想いじゃねーか!良かったなぁ!!」


俺の言葉に反応して竜聖の周りの女子たちが騒ぎ出した。
口ぐちに「沼田さんの事好きなの!?」とか「えー!!沼田さん!?」と女子トークを繰り広げていた。

俺はあと一押しと思い、とどめを刺した。

「竜聖!はっきり言えよ!!お前沼田さんの事好きなのかよ?」

この状況でイエスと言えるわけがない。

ある意味これは賭けだった。

沼田さんの事を好きだと気づいていない前のままの竜聖だったら
きっと友達だと言い張るに決まっている。

そうなれば俺の勝ち。

だがチョコをもらったきっかけで自分の気持ちに気づいて、好きだと言えば

あいつの勝ちだ。


あいつの返答に俺は緊張でのどが渇いてきていた。


「べ…別に、好きとかそういうんじゃねーよ!」

勝った!!

「はははっ!!沼田さんかわいそー!こんな大勢の目の前でいうかよー!!」


俺はあいつのしまったという顔を見逃さなかったが
知ったことじゃなかった。

あいつはバカなまんまだった

それだけだ


俺は教室を出ると沼田さんのもとへ向かった。

ここからは気が進まなかったが、彼女のためでもあると言い聞かせた。


仲間と一緒に隣のクラスに行くと、沼田さんは自分の席で小さくなって固まっていた。

俺たちは彼女の机を囲んだ。

するとそれに気づいたのか沼田さんが顔を上げた。

彼女の瞳を見て、一瞬戸惑った。
今までに見たことのない暗い光を宿していたからだ。

俺は息を吸い込むと言った。


「沼田さんでもチョコあげるんだな〜俺びっくりしたぜ。なぁ!」


俺の言葉に彼女の瞳が震えるのが分かった。
サッと俯いてしまった彼女を見て、俺は罪悪感で胸がつぶれそうだった。

こんなことして良かったのか…

俺は震える彼女の肩を見つめて、取り返しのつかないことをしたんではないかと思った。
嫌な汗が背中を伝う。

そんな俺を救ったのは国語教師の声だった。


俺は沼田さんのもとを立ち去った。
教室を出るときに見た彼女の背中は、弱々しく今にも折れてしまいそうだった。



その日の部活の時、俺は竜聖に本音をぶちまけた。

彼女を傷つけた罪悪感を拭いたかったからだ。


「俺は竜聖の気持ち聞けて安心したよ。」

横から見える竜聖の目が冷たく光っていた。

「俺さ沼田さんの事好きなんだよ。」

俺の言葉に明らかに竜聖の態度が変わったのが分かった。
竜聖が珍しく怒っている。
でも俺は構わず続けた。

「ずっとお前と沼田さんの関係羨ましかったけど、こんな風になっちまったら前みたいには戻れないもんな。
だからこれからは俺ががんばらせてもらうよ。」


竜聖の返答を聞きたくなかった俺は逃げるように「じゃあな」と言い残して部室を出た。

出てから俺はまっすぐ沼田さんの所へ向かった。

後ろですごい音が聞こえた気がするが、気にせずまっすぐに彼女のもとへ




校門を出ようとしている彼女を発見して叫んだ。


「沼田さん!!」


沼田さんは俺の顔を見るとびくっと肩を震わせた。
俺はその反応がショックだったが、それだけのことをしたんだと自分に言い聞かせて彼女のもとへ走った。

彼女の前まで来ると頭を下げた。


「昼休みはごめん!!」


竜聖に宣戦布告してから、俺はこうしようと決めていた。


「俺!あいつばっかりが良い思いしているのが羨ましくて、やつあたりであんなこと…っ
許してほしいなんて思ってない!だけど傷つけてしまった事は謝りたくて…
本当にごめん!!」


俺は頭を下げたまま彼女の返答を待った。
ずいぶん長い間そうしてたように感じた。


「…頭を上げて…本郷君…。」


彼女の声におそるおそる顔を上げた。
見えた彼女の顔は真剣な表情だけれど、まとう空気は優しいものだった。
沼田さんは小さく息をつくと、まっすぐ俺を見て言った。


「正直…今は本郷君の事を許す、許さないでいうと…許せないと思う…。」


俺は彼女の言葉が胸に突き刺さった。


「でも…許したいとも思ってる。だって、今回の事は私がいけない部分が大きいから。」


彼女の言葉と作り笑顔に俺は心の中で叫んだ。


沼田さんがいけない部分なんて何一つねーよ!!
悪いのは俺だ。
沼田さんの気持ち知ってて…邪魔した俺が一番悪いに決まってる!!


「本郷君…?」


彼女の心配そうな声で自分が泣いてるのに気が付いた。


「わっ…!!ご…ごめん!」


俺は慌てて涙を拭った。
恥ずかしいのやら、情けないのやら自分がすごく小さい人間に思えてかっこ悪かった。


「ふふっ…」


笑い声に顔を上げると、何が面白かったのか沼田さんがいつもの笑顔で笑っていた。


「ご…ごめん…なさっ…ふふっ。おかしな状況だと思ったらおかしくて…」


言われてみればそうだ。
泣きたい状況のはずの沼田さんが笑ってて俺が泣いてる…
彼女が笑っているのでつられて俺も笑った。


「ははっ!!」


彼女の笑顔がまた見られた。
それだけで俺は嬉しかった。

俺のやったことは許されるものじゃない。
だけど、こうして沼田さんを笑顔にすることで少しずつ返していければと思った。


そして俺は決めた。


時間はかかるだろうけど、彼女の隣を歩ける人間になるって。
さっさと諦めたあいつと俺は違う。


俺は中学を卒業しても、ずっと沼田さんの隣にいたい。


彼女の隣でずっと笑顔を見続けるんだ。









『勘違い系○○〜勘違い系ライバル〜』


本郷 翔平