「竜聖さん!!」 俺は高校に入ってからそう呼ばれることが多くなった。 別に望んでいたわけでもないのに、腕っぷしが強かっただけで 道を踏み外したやつらのトップに押し上げられていた。 ケンカが好きなわけじゃない。 ただイライラして手を出して来たらこうなった。 今も俺を慕う奴らが俺の後をついてくる。 「竜聖。お前、手出すのやめろ。」 いつだったか 中学時代からの唯一の友人である山本竜也がそう言っていた。 あいつは俺が高校に顔を出すと、決まって色々口を出してくる。 言ってることも分かってる。 このままじゃダメなことぐらい。 最近はなるべく手を出さないようにしている。 なんでこんなにイライラするようになったんだろう… 何がきっかけだったかなんて忘れてしまった。 「りゅー!!」 俺をこう呼ぶのは小さい頃からこいつだけだ。 幼馴染の板倉梓。 板倉は俺の横までくると、俺の腕を引っ張った。 「ねぇ、このあと暇?」 「なんだよ?」 「ふふっ。私の家来ないかなーと思って。」 またこれだ。 板倉は俺が好きらしい。 中学三年のときにひどく落ち込んだ俺を慰めてくれたときに言っていた。 俺はこのとき間違いを犯した。 それ以来何かとひっついてくるようになった。 きっと俺が誤解させるようなことをしたからだ。 「行かねーよ。」 俺は手を振り払った。 板倉は特にショックを受けた様子もなく「バカ!!」と言い残すと走って行ってしまった。 横から仲間に「もったいねー」と言われたが、どうでもよかった。 俺たちは俺の出身中学のそばのコンビニまでやってくると、 仲間の一人がコンビニから出てきた同じ高校の男子にぶつかった。 何に腹を立てたのかはわからないが、細い路地まで引っ張っていくので ため息をついて、ついて行った。 そいつを殴る仲間たちを横目に見ながら、俺はへたりこんで空を見上げた。 最近はイライラすることも減ってきたように思う。 以前は仲間たちのように、理由もなく人を傷つけていた。 でも今は胸にぽっかり穴の空いたかのような気分だった。 俺いつからこんなんなったんだろ… ふっと息を吐くと、いい加減やめさせようと立ち上がった。 そのときにふと視線を感じた。 「吉田くん…」 声のした方向を見ると、一人の女子高生が立っていた。 長い黒髪のストレート。制服はたぶん西城高校のものだ。 頭の良い学校の奴だと思った。 そこまで考えて、なぜそんな学校の奴が俺の名前を知ってるのか気になった。 よく顔を見ようと思い近づいたとき、もう一度名前を呼ばれた。 「吉田君。」 声と顔で中学時代の記憶がフィードバックした。 俺は驚いて目を見開いた。 「……っ…さ…、紗英…」 心臓の鼓動が早鐘を打つのが分かった。 息が浅くなり、胸が苦しい。 このままここにいたらダメだ。 俺は仲間に声をかけると、紗英のそばを逃げるように通り抜けた。 ズボンのポケットに突っこんでいた手を出すと、汗が滲んでいた。 こんなに心を動かされるなんて思っていなかった。 忘れたと…乗り越えたと思っていた。 でも… ドクドクと脈打つ心臓が俺の本心を物語っていた。 俺の大好きだった女の子。 * 俺は家に帰るとベッドに寝転んで目を瞑った。 瞼の裏に中学時代の映像が浮かんでは消えた。 紗英の優しい笑顔、柔らかいあの空気。 笑いあった休み時間。 でも決まって最後は傷つけたときの顔だった。 俺にって嬉しいはずなのに、悲しい思い出に変わってしまったバレンタインデー。 もらったチョコレートを泣きながら食べた記憶がある。 甘いのかしょっぱいのか分からなくなったチョコケーキ。 あの日から俺は紗英に話かけられなくなってしまった。 俺を見かけるたびに立ち止まって、まっすぐに見つめてくる紗英。 その顔を見るたびに俺は胸が苦しくなって、血が逆流するような気分になった。 そして俺は紗英が俺を見てないときだけ、こっそり紗英を盗み見るようになった。 中学三年になってからは、よく翔平と一緒の姿を見かけた。 翔平が紗英の隣にいるだけで、俺は頭に血が上ってイライラしていた。 そこは俺の居場所だったんだ ただの独占欲なのは分かってた でも許せなかった 翔平は紗英と一緒にいるようになってから変わった。 塾に行き出して必死に勉強したり、部活に今まで以上に打ち込んだり。 性格もずいぶんと社交的になったと思う。 一、二年のときは俺にばっかりくっついていたのにだ。 あいつはあの日俺に宣言していった。 紗英の事が好きだと あいつを変えたきっかけはきっと紗英だ。 好きで一緒にいたいから、あいつはそれだけ努力したんだろう。 何もかも嫌になって逃げた俺とは違う。 俺は紗英の隣にいるべき人間じゃない。 |